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「麒麟がくる」ゆかりの地 福知山城

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2020年度大河ドラマ『麒麟がくる』もいよいよ大詰めとなりました。自身の引っ越しなど色々と忙しくしていたことで感想がぱったりと途切れてしまいましたが(汗)毎回かなり前のめりになってドラマを楽しんでみています。

ブルーレイも購入済w。

大好きな大河ドラマだったので本来であれば岐阜などまで足を延ばし、放送中にじっくり史跡めぐりをしたいところだったのですが…新型コロナ禍の影響でほとんどで歩くことができずじまいに。明智荘とか坂本城とか行ってみたいところたくさんあったんですけどねぇ…。
ただ、史跡は大河が終わっても消えるわけではないので収束した頃にゆっくり回ってみたいなとは思っています。

「麒麟がくる」ゆかりの地レポ一覧

麒麟がくる紀行
麒麟がくる紀行
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今回は、明智光秀が丹波の国を攻略した折に築城したという福知山城について少し触れていきたいと思います。

福知山城は天正7年、丹波の国を平定した明智光秀によって築城されたお城と言われています。本能寺の変が起こったのは天正10年でしたから…その3年前ということになりますね。足掛け約4年をかけて丹波を平定した光秀に対し、織田信長は大きな賞賛を送ったそうです。

明治時代に廃城となり取り壊されてしまいましたが、1986年に天守が復元され資料館として現在も公開されています。

福知山城の石垣は江戸時代に積まれたものと光秀の時代に積まれたものが混在しています。

〇で囲った部分がその境目になっていて、向かって右側が光秀が築城した当時の石垣で、向かって左側が江戸時代に増築されたときに積まれた石垣なのだそうです。

光秀時代に積まれた石垣の大きな特徴は、多くの転用石が用いられていることだと思います。

五輪の塔や石仏など光秀時代の石垣の中に数多く見ることができます。

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正面から右手に上っていくと、本丸に残されていたという巨大な豊磐井と呼ばれる井戸があります。

深さはなんと50メートル!!城郭跡にある井戸としては日本一の深さだそうな。時代としては光秀の後の朽木氏あたりのものらしい。

さらにその奥を見ると朝暉神社があります。

初代福知山藩主となった朽木稙昌が父の稙綱を祀ったとされる小さな神社です。光秀の後福知山を収めた朽木氏に纏わる史跡ですね(現在あるのは明治時代に再建されたものだそう)。

天守閣にものぼってみました。

雪が降った後ということもあり、空気も澄んでいてとても奇麗でした。すぐ近くには由良川が流れています。また、京都五山送り火の『大』の字が雪でうっすら浮かび上がっていたのも美しかった。

2021年1月24日放送分までの『麒麟がくる』の中では未だに丹波攻略に至っていないため、福知山城の出番がありません(汗)。残りあと2話となりましたが、どうでしょうか。観光武将の明智光秀さんも「なんとか大河に福知山城が登場してほしいんだけど…」とかなり不安そうにされていましたので(汗)、なんとかちょこっとでもシーンに出てほしいなと思っています。地元の皆さんも放送前からかなーり「福知山城・明智光秀!」って推してましたからねぇ。どうかお願いしますっ!

※最終回目前の第43回「麒麟がくる紀行」にようやく登場!ドラマには登場しませんでしたが、せめて紀行だけでも取り上げられてよかったです(汗)

ちなみに、光秀は福知山城を築城後に城代として娘婿である明智秀満を置きました。『麒麟がくる』では間宮祥太朗くんが好演している左馬之助になりますね。秀満は本能寺の変に大きくかかわる人物とされていますが、最期はとても哀しい終わり方をしてしまったそうです。間宮くんの熱演に期待したいところ!

実は、その秀満さんに宛てた光秀からの「謀反のお知らせ」が手元にあります(笑)。

『麒麟がくる』の最終回の日に、決意をもって開封したいと思います(笑)。

アクセス

※明智光秀が治水のために作ったと伝わる「明智藪」については以下の記事にて。

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