「麒麟がくる」ゆかりの地 明智藪(堤防)

明智光秀は天正7年に丹波を攻略し、福知山城を築城しました。

※お城については前記事参照

天守閣から福知山の街を眺めてみると、大きな由良川土師川という大きな二つの川が目に留まります。

かつて、由良川と土師川の合流地点ではたびたび氾濫が起こし人々の生活を苦しめていました。そこで天正8年、光秀は大規模な治水工事を行ったそうです。この時築かれたとされているのが『明智藪』と呼ばれる堤防です。

現在は改修されて北側しか残っていませんが、かつては500メートルにわたる雑木林の堤防があったそう。領民の暮らしを守ろうとした光秀の姿が浮かびます。

明智藪はお城からほど近い音無瀬橋から眺めることができます。

※第43回の「麒麟がくる紀行」でようやく登場!

スポンサーリンク

ところが、こちらの雑木林はかつては「蛇ヶ端御藪」と呼ばれていたそうで・・・光秀が治水のために堤防を築いたという確かな資料は発見されていないらしい(汗)。”光秀は領民想いだった”という言い伝えから「明智が築いた藪」であるとされてるという説もあるくらいとな。

でも、大河ドラマ『麒麟がくる』を見て光秀に大いに関心を持った私としては・・・やっぱりこの藪は彼が領民のために治水工事として作った堤防であると信じたいですね。

ちなみに、もう1つ『明智藪』と呼ばれる場所が京都の小栗栖にあります。こちらは、光秀が農民に襲われて命を落とした場所(光秀終焉の地)で、一般的に『明智藪』はこちらを指す場合が多いようです。かなり山深い場所のようですが、いつかその場所へ行きお参りしたいと思っています。

アクセス

光秀を祀った「御霊神社」レポ