『西郷どん』ゆかりの地(11) -南洲墓地-

こちらの記事は、GW鹿児島『西郷どん』旅の記録の続きになります。

参考 前記事「ゆかりの地(10)」

大河ドラマ『西郷どん』ゆかりの地を訪ねたレポート第10弾。鹿児島市内の主な西郷隆盛に関連する史跡めぐりレポートです。薩摩藩の藩主だった島津家ゆかりの地を訪ねてきました。照国神社、福昌寺跡など。

鹿児島市内の『西郷どん』関連史跡巡りの最後は南洲墓地です。この地で西南戦争で犠牲になった多くの西郷軍藩士たちの魂が眠っています。

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『西郷どん』紀行 -南洲墓地-

西南戦争の後、政府軍が県令だった岩村通俊の願いを聞き入れる形で浄光明寺(寺は明治初頭の廃仏毀釈により廃寺となっていました)境内に城山の戦いで戦死した西郷隆盛以下40名が仮埋葬されました。その後、各地に埋葬されていた西南戦争の西郷軍犠牲者の遺骨がこの地に集められ現在の形になったそうです。

749基の墓石が並び、西郷軍兵士2023名が南洲墓地で静かに眠っています。

西郷隆盛の墓

西南戦争の最後の戦いの地となった城山(岩崎谷)で命を絶った西郷隆盛の墓石は南洲墓地の中央に位置しています。意外と質素な感じだなという印象はありますが、やはり存在感はピカイチです。
西郷さんを囲むように多くの犠牲者たちの墓石が並んでいて…まるで現代もみんなの中心にどっしりと構えている姿が目に浮かぶようでした。

参考 西郷と西南戦争に関する史跡については以下の記事を参照してください。

大河ドラマ『西郷どん』ゆかりの地を訪ねたレポート第8弾。鹿児島市内の主な西郷隆盛に関連する史跡めぐりレポートです。西南戦争が勃発してからの足取りを追ってきました。私学校跡、洞窟、終焉の地など。

桐野利秋の墓


西郷の向かって左隣にあるのが桐野利秋の墓石です。

桐野利秋は幼名を中村半次郎…大河ドラマ『西郷どん』の第3回でも貧しさから家族と夜逃げしようとした少年として登場しました。「人斬り半次郎」と呼ばれることも多い人物ですが、実際にはほとんど無益な殺人はしていないようなので”伝説”だとされているようです。

戊辰戦争で大きな功績をあげ、明治に入った後も活躍しましたが・・・征韓論に敗れ薩摩へ戻る西郷に同行。西南戦争で西郷の死を見届けたのち、額に銃弾を受け40歳で戦死しました…。

篠原国幹の墓


西郷の向かって右側にあるのが篠原国幹の墓石です。

桐野と同じく戊辰戦争で活躍しましたが、西郷が征韓論に敗れ薩摩に帰郷する折に同行した人物です。私学校の設立にも尽力し兵力増強に力を入れました。西南戦争では西郷軍第一番大隊長として奮戦しましたが、田原坂の戦いの時に戦死・・・享年42でした。
大河ドラマ『西郷どん』にも登場してほしい人物です。

村田新八の墓


西南戦争では西郷軍二番大隊長を務めた村田新八の墓石です。

大河ドラマ『西郷どん』では堀井新太くんが好演しています。幼いころから西郷を兄のように慕っていて末っ子的存在として可愛がられていたのが印象的。
明治に入ってからは岩倉具視の使節団に参加して欧州へ行きますが、帰国した後西郷が征韓論に敗れて薩摩へ帰ったことを知ると政府を去りそれに従います。このことに大久保は大きなショックを受けたようで…大河ドラマにもそのあたりのエピソードが出てくるかもしれません。

西南戦争では二番大隊長として奮戦しましたが、西郷が自決したのを見届けた後に村田も自刃して命を絶ちました…。享年42でした。

参考 村田新八の育った地については以下記事を参照してください。

大河ドラマ『西郷どん』ゆかりの地を訪ねたレポート第9弾。鹿児島市内の主な西郷隆盛に関連する史跡めぐりレポートです。西郷隆盛と縁の深い人物の史跡を訪ねてきました。大久保利通、村田新八、大山巌、五代友厚など。

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別府晋介の墓


別府晋介の墓石です。桐野利秋の従兄弟に当たります。

征韓論に敗れた西郷に従うように薩摩へ。西南戦争が起こった時には六番、七番大隊長として奮戦を重ねます。城山の戦いで西郷から「晋どん、もうここらでよか」と声をかけられ介錯を務めた話は有名です。西郷の死を見届けたのち、同じ岩崎谷で自刃・・・まだ31歳の若さでした。
大河ドラマ『西郷どん』での登場が待たれます(18.6月現在)

桂久武の墓


島津家の分家である日置島津家出身の桂久武の墓石です。

大河ドラマ『西郷どん』の序盤に登場した赤山靭負(演じたのは沢村一樹さん)の弟にあたる桂久武。ドラマではスピードワゴンの井戸田潤さんが演じています。ドラマ開始から半年経った現在でも出番はほとんどないようなのですが😅、桂久武は西郷隆盛が最も信頼を寄せた人物の一人だったと言われています。NHKの「歴史秘話ヒストリア」でも取り上げられました。

薩長同盟にも同席するなど時代の重要な転換期に関わっていた桂久武。明治維新後も政府の一員として活躍していましたが、ある時辞職して故郷の薩摩へ戻り開墾に力を注ぎます。
西南戦争には参戦しない意向でしたが、見送りの時に気持ちが変わり西郷の助けになるため共に向かうことに。しかし最後の城山の戦いで戦死…享年48でした。西郷は久武の死を見届けた後に自決をしたそうです。

こうして辿っていくと西郷とはかなり関わりの深い人物だと思うのですが・・・大河ドラマではどうも存在が薄くされがちなような気が(苦笑)。もっとドラマでの活躍が見てみたい人物なので・・・なんとか出番増えてほしいです。

大山綱良(格之助)の墓


大山綱良(格之助)の墓石も南洲墓地にあります。

『西郷どん』では北村有起哉さんが熱演していますね。幼いころから西郷と交流を持っていた人物として描かれています。寺田屋事件が起こった折には過激思想の藩士たちを抑え込むのに一役を買いました。なお、この事件は仲間同士の悲劇も待ち受けているんですよね…。
戊辰戦争では奥羽鎮撫総督府の下参謀として活躍しましたが、戦は連敗状態だったらしい。大河ドラマ『八重の桜』にもちらりと登場しましたね。この時格之助を演じていたのは『真田丸』の直江兼続役で人気になった村上新悟さんでした。この時はたしか大河連続出演記録真っただ中だったかとw。

新政府では鹿児島県令として薩摩に戻りますが、西南戦争が勃発した時には全面的に西郷を援助します(租税を西郷のために流用していたほど)。その罪で西南戦争後に捕えられ斬首の刑に処せられてしまいました…。


このほか最年少の14歳で命を落とした少年たちなど多くのお墓が存在していましたが、たくさんありすぎて全て回りきれませんでした。もう一度行くときは一日がかりで訪れてみたいです。
他にもいくつか撮影したので、ドラマ後半でここに紹介していない人が登場した時にまた少し触れるかもしれません。

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南洲神社

南洲墓地の隣に参拝所として設けられていましたが、大正11年に西郷隆盛を祀る南洲神社として認可されました。昭和20年の戦火で一度焼けてしまいましたが、昭和25年に再建され今に至ります。


境内には西郷隆盛の像が鎮座しています。


神社の階段を下りた所には「境内茶屋 なんしゅう」があります。お参りした後ここでホッコリとお茶することもできます。西郷さん関連の雑貨や薩摩の美味しいものなども売ってますよ。


こんな可愛いラテを作ってくれるらしい!!時間がなくていただくことができず無念…。


西郷さんと愛犬・ツンのおみくじもやってます♪めっちゃ可愛い!!オススメ!

西郷南洲顕彰館

西郷隆盛の没後100年を記念して昭和53年に開館した西郷南洲顕彰館です。西郷隆盛を詳しく知るにはもってこいの施設。訪れた時には西郷と奄美大島で結婚した愛加那との息子・菊次郎についての資料が展示してあって実に興味深く見学しました。


入口に入るとすぐ大きな西郷さんの肖像画がお出迎えしてくれます。ここだけ撮影可能でした。

南洲墓地を訪れる前でも後でも、こちらの施設にはぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。色々なお土産も売っててお勧めです。

西郷南洲顕彰館は、西郷隆盛(南洲翁)を中心とする明治維新の先覚者達の、国家・社会に尽くされた偉業を後世に伝えるとともに、新しい時代を担う青少年の人間形成に役立てるため、西郷を慕う全国の方々からの寄付により昭和53年に建設された施設です。

アクセス

鹿児島内での史跡巡りはこれで一区切りです。あとは、大河ドラマ館などの施設にも行ってきたのでその報告もしていこうと思います。

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