NHK大河ドラマ『青天を衝け』第17回ネタバレ感想 篤太夫、涙の帰京

円四郎の死を知らないまま一橋家の家臣候補集めに奔走していた篤太夫と成一郎。ようやく人数も集まったということで江戸への帰路についていました。と、そこへ血洗島の仲間の一人、伝蔵が惇忠からの手紙を携えてやって来る。
無実の罪で囚われの身になってしまった惇忠でしたが、村人たちが救助のための抗議活動をしてくれたおかげで牢から出ることができたらしい。平九郎の手錠も外すことが許されていました。お母さんのやへさん、よかったねぇ~~。思わず惇忠に駆け寄っていく姿はまさに「母」だったよ。

それにしても、田辺@惇忠さんの無精ひげ姿はなんとも様になっていてカッコよかったな。

伝蔵くんは自分も仲間に加えてほしいと頼み込みにやって来たみたいですね。篤太夫たちも端からそのつもりだったようで、江戸へ行く途中のどこかで連絡入れようと思っていたのかな。それにしても、伝蔵くんもすっかり逞しい顔つきになったねぇ。江戸での活躍楽しみだけど、悲劇に巻き込まれないことを祈るばかりだよ…。

以下、さらに第17回を見て気になったシーンもろもろネタバレあり

これまでの『青天を衝け』感想レポ

青天を衝け
青天を衝け
2021年度NHK大河ドラマ『青天を衝け』の感想レビュー
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『青天を衝け』第17回 篤太夫、涙の帰京

2021年06月06日(日)放送 NHKBSプレミアム 18:00~18:45 ほか

出演:吉沢亮、高良健吾、木村佳乃、博多華丸、藤原季節、津田寛治、草彅剛、堤真一、ほか

あらすじ

円四郎(堤 真一)の命が奪われたことを江戸で知り、衝撃を受ける篤太夫(吉沢 亮)と成一郎(高良健吾)。その時、京では慶喜(草彅 剛)が自ら指揮を執り、御所に迫る長州藩兵と戦っていた。そこに、西郷吉之助(博多華丸)が薩摩藩兵を率いて加勢する。集めた兵を引き連れて京に向かう篤太夫たち。その道中、岡部の代官・利根(酒向 芳)が現れる。さらに、水戸では、耕雲斎(津田寛治)と小四郎(藤原季節)が率いる天狗党(てんぐとう)が、慶喜を頼って京を目指していた。

<公式HPより引用>

一方平岡邸では、川路たちによって哀しい知らせやすの耳にも届いてしまっていました…。最初に円四郎の死を聞かされた時には、あまりにも信じがたい内容だったので「冗談」としか受け入れることができなかったやす…。しかし、川路たちのただならぬこわばった表情を見て次第に大きな不安が襲い取り乱してしまう(涙)。

やすさんの身を切るような辛い気持ちがあまりにもわかりすぎてしまって…このシーンは涙なしには見られませんでした(泣)。信じたくない…っていうか、本当に信じられなかったと思う。円四郎が一橋家にとって命を狙われるほどの仕事をしていたことも知らなかっただろうしね…。ただただ「なんで!?」っていう気持ちが強かったと思います。いつも元気なやすさんの涙を見るのは本当に辛かった(涙)。

さて、今回はOP明けから登場の徳川家康さん。「先週はお休みして申し訳ありませんでした」と律義に謝罪から入ってきましたw。「徳川家の家臣たちが亡くなっていく姿を見ることが辛い」とお嘆きで…、きっと、円四郎さんの時も辛すぎて出るに出れなかったのかもしれないなぁと思ったり…。
そんな家康さん、今回は長州の新しい人材についての導入部分を紹介するにとどめてましたね。

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長州の下関沖に浮かぶ船のなかで、二人の日本の若者がイギリス軍から衝撃的な話を耳にしていました。

いっくんこと、山崎育三郎くん演じる伊藤俊輔(後の伊藤博文)と、福士誠治くん演じる井上聞多(後の井上馨)がここで初登場です!

いっくんはミュージカル界からいよいよ大河にも進出してきましたねぇ。しかも後半かなり活躍しそうなので『おんな城主直虎』で数回出演して終わってしまった井上芳雄くんはまた嫉妬してしまってるんじゃないかと想像してしまうwww。
ちなみにこの日は出演舞台(ミュージカル「モーツァルト」)の千穐楽だったり、バラエティ番組へのゲスト出演だったりと”半日いっくんDAY”みたいなことになってました(笑)。何はともあれ、いっくんの伊藤役、めっちゃ期待してます!

それから意外だったのが福士誠治くんが大河初出演だということです。あんなに時代劇にたくさん出演してたのに、なんで今まで大河に呼ばれなかったのか不思議で仕方ない。井上も後半かなりのキーマンになってくると思うので福士君のお芝居に期待しています。

伊藤と井上は、イギリス軍が尊王攘夷を叫び続けている長州に対し大規模攻撃を行う計画があることを聞いてしまいます。「長州に攘夷を諦めさせるためにはまだ時間がかかる」と必死に抗議する井上でしたが、アーネスト・サトウ「もう遅い」とそれを遮断。伊藤は「幕府が悪いんじゃ!!」と悔しさを滲ませていました。
ここでアーネスト・サトウも登場しましたね。名前から日系の人と勘違いされることも多いようですが、「サトウ」はドイツ系(母がイギリス人で父がドイツ人)の名前なのだそう。日本に興味を持ち日本語を学んだという経緯があり、通訳士として大いに活躍した人物です。

伊藤俊輔と井上聞多は長州藩からヨーロッパへ派遣されイギリス・ロンドンの学校に留学していました(長州五傑、または長州ファイブ)。二人は連合国が長州を攻撃する用意があるという報道を目にし、一足早く日本へ帰還しています。西洋の文明を目の当たりにした伊藤と井上は「攘夷が無謀である」ことを痛感し戦争回避のため奔走しました。

一方、円四郎の死を悼んでいた慶喜のもとには、長州が復権を狙って京へ押し寄せてきたという知らせが届いていました。そのことを予測していた慶喜は最初は「やはり来たか」と冷静にしていましたが、長州が帝を連れ去る計画をしていると知ると表情を曇らせてしまいます。それでも「迎え撃とう」と進言する市之進の言葉を遮り今は動くときではないと制しました。きっと円四郎も同じことを言ったに違いないと…。

するとそこへ西郷が慶喜を訪ねてやって来る。西郷は「長州は潰してしまいもんそ」とあくまでも攻撃的。この提案をしてる時の西郷も迫力ありましたねぇ~~。あさイチでボケまくってる華丸さんと同一人物とはとても思えないww重厚なお芝居が素晴らしい!
慶喜はそれに対して何も返答はしませんでしたが、西郷は狼狽えることなく「薩摩が先に行きもんそか」とニヤリと笑みを浮かべます。この時の慶喜の表情が読めなさすぎるんですがw、心の中では「戦もやむなしか」といった諦めの境地があったかもしれません。

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血洗島では篤太夫と成一郎に会えた伝蔵が渋沢家に立ち寄り、二人の近況を知らせてくれていました。二人とも元気そうだったという報告に家族も一安心。伝蔵は篤太夫たちが中山道を通ったところで合流して一緒について行くことを報告しました。
市郎衛門は言葉には出さないまでも夫と会えない寂しさに耐えている千代の気持ちを察したようで複雑な表情を浮かべていました。中山道は血洗島からも近く、ゑいさんもとても残念がってたしね…。もしかしたらこの時、なんとか会わせることはできないかと考えを巡らせていたのかもしれません。

江戸の一橋邸に戻った篤太夫と成一郎は、猪飼が廊下で”見舞いの品”を吟味している姿を見かけます。肩を落とし寂しそうな表情の猪飼様がおいたわしい…。しかし篤太夫たちはそれが何の”見舞い”なのか見当がつきません。そんな彼らに猪飼は重い口を開きました…。

「平岡様は先日、賊にお命を奪われた…。襲ったのは水戸の過激な浪士たちだったそうだ…」

あまりの衝撃的な事実に篤太夫も成一郎もなかなかそれを受け止めることができない…。「嘘だぃ…嘘だぃ…!!」と何度も呟き座り込んでしまう篤太夫が哀しい(涙)。円四郎のことを一番の頼りとして慕っていたものね…。

しかし時代は容赦なく動いていく。京ではついに長州が兵を挙げたという知らせが慶喜の耳に届いていました。慶喜は西郷とは違い何とか戦を思いとどまらせようと撤兵の指示を送っていたようですが、ここまで来たらもうどうにもなりません。
御所に赴き孝明天皇に謁見した慶喜は、ついに長州征伐の勅命を受け取ることになります。

戦支度をした慶喜は兵たちに御所の守りを堅くするよう命を下す。草彅くんの甲冑姿、なかなか凛々しくてかっこいいですよねぇ。

そして、元治元年7月19日。蛤御門の前で攻めてきた長州軍と御所を守っていた会津・桑名藩が激突します。世に言う、禁門の変(蛤御門の変)の勃発です。門は簡単に破られ、幕府軍は長州の勢いに押され数人の兵たちが逃げ戻ってきてしまう。

最初に蛤御門を打ち破って突入したのは来島又兵衛の隊でした(18年大河『西郷どん』では長州力さんが熱演して話題になりました)。しかし、薩摩藩の川路利良(後の初代大警視)の射撃により重傷を負い、現在の京都御所にある「清水谷家の椋」の木の下あたりで自刃したと伝わっています。

しかし慶喜はそんな彼らに檄を飛ばし徹底抗戦を叫んでいました。いつも無表情で静かな慶喜とは思えないほどアグレッシブで戦う男って感じがカッコいい。たとえ鉄砲の玉が飛んできてもギラギラした眼差しで「御所に鉄砲を向けるとは!」と長州への憎しみを募らせていきます。

幕府軍が劣勢になりかかっていた頃、乾御門あたりに陣を引いていた西郷が「そろそろ行きもんそか」と大砲を並べ不敵な表情を浮かべていました。こういう良いとこ取りするところがなんともニクいですなぁ、今年の西郷どんは(笑)。

薩摩軍の大砲の威力はすさまじく、長州軍は成すすべなく壊滅してしまいます。

禁門の変によって、長州は久坂玄瑞入江九一真木和泉守ら期待を寄せていた人材を失いました。

こうして禁門の変は幕府軍の勝利ということで終わるのですが、激しいドンパチの結果、京の町は炎に包まれる事態となってしまいました…(一説には長州を追い払うために西郷が火をつけたという話もあるらしい)。

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戦が終わった後、西郷の元を訪れた慶喜は「ご苦労であった」と一言だけ労いの言葉をかけその場を立ち去っていきます。相変わらず何を考えているのか分からないような無表情さがかえってゾクっとしますね(汗)。正直、あまり薩摩のことを信頼しているといった雰囲気ではないように感じましたが…(「西郷どん」ではこの頃まだ親密だったのにねw)。
慶喜が去った後、西郷は「しばらく仲良くしちょったほうが良さそうじゃのぅ…」と呟きました。今後の二人を予感させるような不穏な別れ方でドキドキしてしまった(汗)。

それから数日後、イギリス・フランス・オランダ・アメリカの4か国が長州を砲撃。伊藤や井上の交渉努力は実らず、結局列強国による長州への攻撃は実行されてしまいました…。世に言う、下関戦争(馬関戦争)です。
連合国の圧倒的な戦力の前にはどうすることもできず、攻撃の要所だった彦島の砲台がすべて破壊され大敗北を喫してしまいました…。

長州の砲台を占拠したイギリス軍の写真は有名ですよね。

この事件を経て、ようやく長州は「尊王攘夷」思想を諦めることとなります。そして、その矛先はやがて幕府本体へと向けられていくことになってしまうのでした…。

下関戦争終結講和の使者となったのは、騎兵隊を創設したことで有名な高杉晋作でした。イギリス側の通訳に立っていたアーネスト・サトウは、この時の高杉を高く評価したそうです。なお、賠償金については長州藩ではなく幕府に請求することで話がまとまったとのこと。

戦が集結した後、家茂「征夷大将軍なのに何の役割も果たせなかった」と忸怩たる想いを天璋院和宮に打ち明けていました。慶喜は最前線で戦っていましたから、そういう意味でも悔しい気持ちはさぞ大きかったかと思います。

そんな家茂を天璋院は毅然とした態度で家茂を鼓舞し励ましました。一方の和宮は自分の降嫁と引き換えに家茂が攘夷を約束させられたという話を聞いてしまったことで罪悪感を感じていた様子。そんな妻の手を取った家茂は「和宮さまがいなければ私は…」とラブラブモードに(笑)。

二人とも、天璋院様が傍にいることなど全く気にも留めていない様子だったな(笑)。でも、「わたくしはお邪魔でしょうし、そろそろ」と苦笑いして立ち去ろうとする萌音ちゃんの天璋院は可愛かったぞw!

家茂は去ろうとしていた天璋院を引き留め、小栗忠順(上野介)から「フランスが公儀が国をまとめる手助けをしたいと申し出てきている」という話を聞いたことを告げます。天璋院も和宮も夷狄(外国)が幕府の手助けをするなどありえないと反対の立場を示しますが、「公史(ロッシュ)は物腰柔らかで頼れる人物」だという情報を信じた家茂はフランスとの交渉を進めることを決断したようでした。

アメリカ渡航を経験していた小栗忠順(上野介)は日本も軍事強化をしていくべきとして製鉄所の設置などを提案しました。次週より武田真治さんが演じる予定とのこと。
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禁門の変のことを瓦版で知った篤太夫と成一郎は「もう攘夷は終わってしまうのかもしれない」と実感し肩を落としていました。しかしそこへやって来た猪飼は、慶喜が長州を追い払ったことで町中の評判が上がっていることに上機嫌な様子。自分たちは未だに攘夷の思想を捨ててないなんて、言えないよなぁ(苦笑)。

自分たちの兵は間に合わなかったと成一郎は謝罪しますが、猪飼は長州がまだ抵抗を続けているらしいから出番があると思うとテンションが高い。しかし、その”出番”の可能性の中には天狗党討伐といった哀しい戦も…。

その天狗党の藤田小四郎は、「今や真の尊王攘夷の志を貫いているのは我らだけになってしまった」と悔しさで唇をかみしめていました。天狗党はそれ以前に素行の悪さもあったりして(強引な資金集めとかしてたしね 苦笑)周囲からの信頼も失ってましたから、まさに四面楚歌の状態に追いやられてしまっている状況です。

そんな小四郎の傍にいたのは、天狗党の戦を思いとどまらせるために水戸を発っていた武田耕雲斎でした。小四郎たちは耕雲斎に「我が軍の大将となり導いてください!!」と頭を下げます。それに対し最初は頭を縦に振らなかった耕雲斎でしたが、「烈公や父・東湖の最後の夢を叶えたい」と鬼気迫る熱弁を振るわれ引き受けざるを得なくなってしまいました…。暴走を止めるために来ていたのに、大将に祭り上げられてしまうとは何たる悲劇…。
98年大河でも天狗党についてはかなり時間を割いて描かれていましたが、耕雲斎はすでに小四郎たちの頭領という立場になっていたので、こういった経緯があったことは知りませんでした。

同じころ、やすは主を失った平岡邸を引き払い新たな出発のため引っ越し準備を始めていました。心配してやって来た川路にも笑顔で「三味線を教えながら自由に暮らしていこうと思って」と答えるやすさん…。でも逆に、そんな気丈に振舞ってる姿が見ているこちらとしては辛い(涙)。必死に前を向こうとしてるんだろうなと思うと切なくてねぇ…。

川路が去り、引っ越し準備もほぼ終わったやす。最後に残されていたのは、小鳥のつがいが描かれた掛軸でした…。それを片付けようと取り外した時、後ろにが挟まっていることに気が付きます。京へ旅立つ前にひっそりと円四郎が忍ばせていた文が、こんな形で気づかれる展開になろうとは…(涙)。

「この文を見つけたってことは、今お前は俺がいなくてつまらなくて寂しくて仕方がないってことなんだろうなぁ。しかし、悪いが勘弁してほしい。殿には俺が入用なんだ」

この書き出しを読んだ時…、円四郎は”遺言”として文を残したのではなく、”やすが退屈しないように”という想いやり溢れた手紙だったのだと悟りました。あぁ、そうだったのか、円四郎…。私はあの時、万が一のことを考えて遺言の文を忍ばせたのだとばかり思ってしまった。
でも、あの時の彼には「命を失うかもしれない」という後ろ向きな想いではなく、未来を見据えた前向きな気持ちで満ち溢れていたんですよね…。それだけに、やすが円四郎の死の後にこの手紙を読むことになってしまった展開が本当に切なすぎて涙が止まらなかったよ(泣)。

やすへの手紙には、慶喜への敬愛の想いが熱く綴られていました…。慶喜との出会いは円四郎のそれまでの人生を大きく変えました。心の底から信頼を寄せた慶喜のもとで働けることの喜びが手に取るように伝わってくる…。
「我が殿はきっとこれから新しい世を作ってくれる」という文面を読んだ時、庭先から鳥の鳴き声が聞こえてきた。やすにはそれが、円四郎が呼ぶ声に聞こえたに違いない…。ふとそちら側に目をやると、笑顔で佇む夫の姿が浮かんできた。

「やす、俺はお前と新しい日ノ本を見る日が今から楽しみでならないんだ。その時がきたらまた二人で江戸の町をふらふら歩こうじゃないか。きっと、めっぽうおかしれぇに違いない!」

やすには見えていました。慶喜と作ろうとしている新しい世の中に胸弾ませ語り掛けてくる円四郎の姿が…。夫婦二人で明るく暮らせる日を夢見ている夫の姿が、確かにそこにあった。その想いはきっと慶喜が果たしてくれる…。もしかしたらやすの脳裏にそんなことが過っていたのかもしれません。彼女だけに見える円四郎に向かって、涙ながらに何度も笑顔で頷くやすさんの姿に涙が止まりませんでした(泣)。

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篤太夫と成一郎は、集まった兵と共に京へ向かう途中深谷宿を通りかかり「ここから血洗島まですぐそこなのに会えないとは」と無念の思いを抱いていました。するとすぐそばから彼らを呼ぶ声が聞こえてくる。惇忠兄ぃが藩に黙ってお忍びで篤太夫と成一郎に会いに来てくれていたのです。「もう会えないかと思っていた」と再会を喜ぶ三人。
その話のなかで長七郎の話題が出ましたが、結局会うことはできずお金だけを託すのみだったようです…。この兵を集める目的の中には長七郎を助け出すといった名目もあったと思うのですが、果たされないまま江戸を発つことになってしまったようですね…。

惇忠は市郎右衛門からだとして、千代とよし親子を秘密裏に近くの邸宅に向かわせたことを伝えました。あたりが暗くなった頃に指定された場所へ二人が向かうと、子供を連れた千代よしが篤太夫たちを待っていてくれました。特に成一郎との久しぶりの再会に感極まるよしさんがいじらしくて泣けました(涙)。

篤太夫も千代と娘のうたとの再会に胸躍らせていました。 千代は感極まって夫に欠ける言葉も見つからず涙ぐんでいました。渋沢家では家族に心配かけまいと気丈に振舞っていましたが、本心では栄一に会いたくて仕方なかったと思います。市郎右衛門さんやゑいさんはそんな千代のことを優しく思いやり今回の再会をお膳立てしてくれたんでしょうね(史実だそうですし)。そんな彼女を篤太夫は優しく抱き留めました。

その夜、ゆっくりと千代と向き合う時間を得た篤太夫は、これまでの出来事を思い浮かべ複雑な胸中であることを打ち明けました。千代にも心配をかけ通しになってしまっていることを心苦しく思っている様子。そんな彼に千代は「大丈夫、千代はお前様の選んだ道を信じております」と答え励ましました。千代ちゃん、強い女性に成長したね。
その言葉を聞き勇気をもらった篤太夫は「平岡様に頂いた務めを果たすことが、俺の今のなすべきことだ」と気持ちを新たにしていました。

そのうえで、落ち着いたら一緒に暮らしたいと切り出した篤太夫。でも、感極まり言葉を詰まらせた千代に「すぐに次を仕込むべ」ってセリフはちょっとビックリしたぞwww。この時代は子供がたくさんいるほうがいいという風習だったとは思いますが、けっこうストレートにズバッと言ってきたなと(笑)。
で、すごく良い雰囲気になったところで外から「兄貴ぃ!俺たちも連れてってくだせぇ!」って大きな声が聞こえてきて大慌てになる篤太夫ww。お忍びできてるのバレちゃうっていうのもあるけど、仕込みどころでもなくなったっていう、ね(笑)。

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翌日、深谷宿を通過し岡部藩の領内に差し掛かると篤太夫たちに緊張が走ります。なにせ岡部藩からは篤太夫と成一郎はお尋ね者扱いになってますからね(汗)。すると案の定、代官が一行の前に立ちはだかってくる。代官の利根とは栄一がお金を納めるときに対峙して以来の因縁もある。相変わらず融通の利かない傲慢な態度は変わってない(苦笑)。

利根は行列の中に篤太夫と成一郎がいることを察し、疑いたいことが多いので引き渡してほしいと迫ってきた。その言葉を耳にした篤太夫は意を決して列の前へ出ようとしましたが、その瞬間、猪飼が列の先頭に出て毅然とした態度で口を開きました。

「両人は縁あって当家に入り、今となってはかけがえのなき家中の者。一橋家としては到底承服しかねることゆえ、お断りいたす!」

猪飼様ーーーー!!!カッコよすぎだろうーーーー(涙)!!!篤太夫と成一郎のことをそんなにも大切に想っていてくれたなんて、泣けて仕方なかったよ!「かけがえのなき家中の者」という言葉は特にグッときました。これでドジエピソードも帳消しだわ(いや、それも好感度ポイントとしては高いんだけどw)。
おそらく猪飼の中には円四郎のことも過っていたと思います。今は亡き円四郎が特に可愛がっていた二人を何としても守らなければと盾になってくれたんじゃないかな…。

利根たちはこの言葉を聞いて何も反論できず、「道中、どうかご無事で」と彼らを通すしかありませんでした。怒りと悔しさに顔面を震わせている利根の表情もとても印象的でした。演じられている酒向さん、巧かったですねぇ!

篤太夫は猪飼の言葉に感極まり、涙を流しながら円四郎のことを思い出していました。

「この気持ちを、平岡様にお伝えしたかった…!!何もかも、平岡様のおかげだ」

篤太夫のこの気持ち、痛いほどわかるよ(涙)。一番の恩人でもある円四郎に、自分たちが一橋家の家臣として認められたことを真っ先に伝えたかっただろうね…。
涙ながらに円四郎を想う篤太夫でしたが、成一郎は「俺たちは武士なんだ!」と諫め毅然と前を向きました。円四郎に報いるためにも、武士として生きようとする彼の強い意志が感じられてグッときました。

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一橋家に戻った二人は慶喜に謁見します。実際に会うのは「やっちまいましょう!」と栄一が熱弁を振るって以来でしょうか。慶喜は二人に円四郎がなぜ水戸の者に殺されなければならなかったのか分かるかと尋ねてきた。成一郎は黙り込み、篤太夫は「某には分かりかねます」とだけ答える。するとそれに対し、慶喜は意外なことを口にしました。

「私にはわかる。円四郎は、私の身代わりとなったのだ」

このセリフを聞いて、18年度大河ドラマ『西郷どん』でのエピソードを思い出しました。あの時は円四郎をちょっと嫌味な男として描いてましたが(汗)、シーン的には慶喜の身代わりになって殺されてしまったという展開になっていました(西郷どん第26話)。
ただ、今回の慶喜が言う「身代わり」とはそれとはちょっとニュアンスが違うなという印象です。直接的ではなく、自分が斬られるはずだったのにという悔恨の念が感じられました。

ここで泣けたのは川村の涙です…。

円四郎の傍についていながら助けられなかった川村恵十郎…。その無念の思いは察するに余りある。顔に残された大きな刀傷がさらに涙を誘いました(泣)。川村を演じる波岡君のインスタも泣けます…。

慶喜は「尊王攘夷か…。まこと呪いの言葉となり果てた」とだけ告げてその場を立ち去ってしまいました。水戸発信、しかも自らの父が生涯を通して熱く信仰していたこの思想が自らの片腕ともいえる存在を奪い、世の中を混乱に陥らせてしまった。「呪いの言葉となり果てた」という慶喜の言葉はあまりにも切なく、そして重い…。
慶喜が去った後、黒川は篤太夫と成一郎に「平岡様のためにも、この先も一橋家のために励め!」と言葉を掛けました。ふたりは気持ち新たに一橋家で働く決意を固めたようです。

その頃水戸では天狗党と幕府追討軍や諸生党による激しい戦が繰り広げられていました。成り行きで天狗党を率いらざるを得なくなった耕雲斎も奮戦しています。

たしかに耕雲斎、めっちゃフィーバーして頑張ってたよw。

しかし情勢は悪化の一途をたどる一方です。ある日、耕雲斎は疲弊し始めた天狗党の現状を鑑みて京へ上ることを提案します。いっそのこと帝に自分たちの誠意を知ってもらったほうがいいと考えたようでした。それに対し小四郎は断固反対しようとしますが、「これ以上民を巻き込むことをそなたの父(東湖)や烈公は望んでいない」という言葉を聞き渋々それに従うことを決めたようです。

天狗党が京へ向かっているという知らせは慶喜の元にも届きます。「耕雲斎が付いていながらなぜ?」と不信感を募らせる慶喜…。彼はまだ耕雲斎が天狗党の大将に祭り上げられたことを知らないんだろうなぁ…。
その耕雲斎は慶喜が天狗党を見殺しにするはずがないと小四郎たちに告げ了承を取り付けたようでしたが、内心ではその目論見はうまくいかないであろうことを予感しているようにも見えました…。

慶喜は天狗党への対処に頭を抱えることになってしまいます。同じ水戸藩の者たちを助けたい気持ちはありましたが、今ここで尊王攘夷を叫ぶ彼らを認めてしまうと幕府から睨まれてしまうことは目に見えています。京の町を守る役目も担っていたため、今ここで幕府に対抗する天狗党を受け入れることは不可能だったのです。

「天狗どもを京に入れるわけにはいかぬ。私の手で、天狗党を討伐する!」

慶喜は苦渋の決断をせざるを得ませんでした。この討伐に至るまでの決断は98年大河ではもう少し慶喜が苦悩していたように描かれていましたが、今回は幕府側の人間としての慶喜の確固たる決意が感じられてこれはこれでグッとくるものがありました。

この知らせを受けた篤太夫は天狗党を討伐する立場に立たされたことに戸惑いを覚えていたようでした。それでも、一橋家家臣としてそれに従うしかありません。次週、そのために奮闘する篤太夫が描かれるようですが、岡山の井原が舞台になるようで楽しみです(現在NHK岡山局の夕方の番組では毎日特集組んで紹介してますw)。

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